不登校だった中学生時代の話

中学生時代、私は不登校だった。

正確には、小学校の高学年くらいから、学校にたまにしか行かなくなった。

生来の面倒くさがりに加え、対人恐怖症とでも言えばよいのか、集団行動がとにかく苦手だった。

4歳上の姉も同様に不登校で、高校は通信制で受講していたことも関係している。
なんでも姉のマネをしたがった私は、姉が家にいるなら私も、といった感じで学校を休んでいた。

離婚をして女手ひとつで二人の娘を育てていた母からしたら、子どもが二人とも不登校なんて「勘弁してくれ」である。

当時の我が家は険悪だった。
仮病で学校を休むと母に告げると、必ず平手打ちが飛んできていた。

「顔も見たくない」とも言われた。

しかし狡猾な私は、「その儀式さえ済めば自由だ」と思っていた。

母が仕事に出かけると、家の中で好きなことができる。

当時はよく絵を描いていた。
好きなマンガのキャラクターや、架空のお姫様など。

好きが高じて、中学生になってからは「同人誌」という二次制作のマンガを描いていた。

とにかく現実逃避をして、妄想の世界に生きている子どもだった。

何十年か経ち、母とその当時の話をすると、母は「あの頃お母さん精神安定剤飲んでたわ~」と茶化して言う。

自分の軽率な行動で母を悩ませていたのか、と申し訳ない気持ちになった。

しかし、こちらにもこちらの言い分があるわけで。

母に対して申し訳ない気持ちもある反面、「もっと子どもと真正面から向き合ってよ」と思っていた。

「なぜ」学校にいかないのか。

その「なぜ」を私は一度も母から聞かれた記憶がない。

ただただ、ため息をつかれ、平手打ちやお尻をはたかれ、激怒された。

同じ家にいて、目を合わせて会話をする機会があったか、記憶も定かではない。

母にも余裕がなかったのだろう。

今は親子関係は良好になった。

母もまもなく古希を迎える。

あの頃の自分にかけてやる言葉があるとしたら、「行きたくないなら行かなくていいよ」である。君と世界が終わる日に シーズン2 放送日 無料

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